柴田修平 「ムックリ横内とその七味」大番頭
函館ベイエリアで小さな食堂を営んでいる。「オリエンタルキッチン」と言う。ユニオンスクエア明治館から当地へ移転して四年になる。「まちセン」のスタッフの皆さんには大変ご贔屓にしていただいている。有り難い話である。
店のBGMは大好きなカントリーミュージックだ。好きな音楽に囲まれて働くのは心地が良い。店の移転記念に松前のカントリー兄貴、K氏から秘蔵のCDを30枚も頂いた。 開店時から閉店まで「♪♪チーチャラ ♪♪チーチャラ.........」だ。毎日この音楽ではお客様にとってはきっと耳障りだった思う。 とある日曜日の午後,ひょっこり来店され、クラッシックビールを二杯立て続けに飲み干されて帰られた。次の日曜日、また現れた。クラッシックを二杯「ぬるい?ジョッキ」で飲まれ、「カントリーいいですね。楽器やるんですか?」、「ムックリ横内」さんとの出逢いである。ブルーグラス、カントリー、ナターシャセブン、二人の音楽談義が続いた。「一度、ワークショップに来ませんか?フィドルの練習も出来ますよ」、私の心の中では「アイヌの民族音楽はあまり......?」大変な誤解であった。 ピカピカのフィドルを持参してワークショップに初参加である。緊張の小学校一年生だ。なんと、ムックリさんは函館フォーク界の大御所であった。ナターシャーセブンの「107ソングブック」は全部歌えるという。恐ろしい人と知り合いになってしまった。 60才を過ぎてからの楽器の練習は大変である。しかもフィドルのコーチはいない。ムックリ氏からお借りしたビデオだけである。一生懸命やるしかない。 ブルースハモニカ「まちセン」のE藤氏、フラマンとギターは移住者編集者F島氏、ギターテクニックの天才青年M口氏、キーボードは宝石デザイナーのM野女史、K田氏のバンジョー、しんがりには「まちセン」の人気者S田石さんだ。「ムックリ七味」の始まりである。 昨年9月の「バル街」ストリートミュージックでフィドルデビュー、赤恥ものである。仲間が励ましてくれた。有り難い。12月の「まちセンクリスマス」、なんとか皆についていったが冷や汗が出た。また仲間が励ましてくれた。本当に有り難い。 フィドルの練習のため、チューニングが同じフラットマンドリンを買った。猛練習だ。指先が大きなタコになってしまった。タコが破れて冬の冷たい水が指に痛い。 「ムックリ七味」のごま粒か、けし粒くらいは目指している。この春に二年生に進級出来るか心配である。 「♪♪おいでよ僕のベットに.....」「♪♪古いコートは捨てて僕の胸でおやすみ.....」「♪♪別れーのときがきたー.....」何とも怪しいシニアたちである。しかも昼間から大音響でのワークショップである。やさしい「七味」の仲間と「まちセン」スタッフにはいつも感謝している。理解のあるセンター長には頭があがらない。 いつでも「ムックリ七味」の仲間たちは胸を張って自慢したい。横内氏との出会いを作ってくれた「秘蔵のCD30枚」のカントリー兄貴は、1月6日、肺がんで天国に召された。「今度落ち着いたら一緒にコンサートやろうね。昔の仲間も呼んで..........」我々の口癖だった。松前の 工藤洋万さんに心から感謝を申し上げる。 「♪音を楽しむ♪」まさに音楽である。今の自分にとって最高である。さぁ、アクティブシニアたちは今日も行進だ。
