シニアのチカラ目次

第11回 2011.3.31掲載
函館に移住して

 北海道メンタル評議会理事長・函館移住アドバイザー 弘田義江

第10回 2010.12.31掲載
夢の実現

 NPO法人どうなん「学び」サポートセンター  佐藤 悦子

第9回 2010.9.30掲載
私の誇り

  函館和装研究会 教授 佐藤 綾子

第8回 2010.6.30掲載
美しく心豊かに

  "美しく心豊かに"さわやかミドルの会 森田 伸子

第7回 2010.4.30掲載
素敵な出逢い アクティブシニアの仲間たち

 ムックリ横内とその七味 大番頭  柴田修平

第6回 2009.12.30掲載
出会いで広がる素敵な時間

 函館絵本の会・銀のふね 所属  岸本和子

第5回 2009.9.30掲載
函館移住アドバイザーに参加

 函館移住アドバイザー  梶井不二夫(59才)

第4回 2009.6.29掲載
退職・移住・音楽、そして函館の街!

 函館移住アドバイザー  曽山哲夫(62才)

第3回 2009.3.18掲載
定年後の「生き甲斐」について

 函館市地域交流まちづくりセンター・佐久間正昭 (57歳)

第2回 2009.1.12掲載
これまでの経験を次世代のマチのために
サービスの現場が私の居場所、世代を超えた仲間が私の財産

 函館市地域交流まちづくりセンター・遠藤洋一 (61歳)

第1回連載 2008.9.22掲載
始めよう!「自分らしい生き方」さがし
―大量退職時代を迎えた団塊世代への期待―

 NPOサポートはこだて 池田晴男

函館に移住して 1

「シニアのチカラ」連載第11回は北海道メンタル評議会理事長・函館移住アドバイザーの弘田義江
さんからのメッセージです。それではどうぞ!

 

函館に移住して

北海道メンタル評議会理事長・函館移住アドバイザー 弘田義江さん

 早いものです。函館に移り住んで8年が過ぎました。
お腹の中、7カ月になる長男と、夫に伴って転勤生活を始めて、子どもたちがそれぞれ高等学校を卒業するまでは4人で、その後は夫婦2人で国内・国外と多くの土地で暮らしてまいりました。
中でも函館は、私たち夫婦が一致して「ここだ!」と云うピッタリの魅力をそなえた街で、定年後は迷うことなく函館への移住を決め充実した日々を送っています。
 
 始めての各地で2人の子供を何事もなく育て、成人させることが出来ましたのは出会った多くの方々が、さまざまな形で若かった私を支え、育てて下さったお陰と今でも心からの感謝をしています。

函館に移住して 2

 多くの方たちへの感謝を込めて、今まで蓄えた知識と経験を生かせるように、改めて札幌で学び、その知識を生かし現在主に"傾聴ボランティア定期訪問"と云う活動の代表をさせて頂いております。これは、「どんなに歳をとっていても、貧しくても、障害を持っていても人生の最後を寂しさと孤独の中で終わって欲しくない。誰もが自分らしい毎日を送れるように」と云う強い思いを持って仲間と始めた活動です。活動を始めまして6年になりますが、市内には話し相手が少なく、寂しい思いの人が沢山いるんだと云うのが実感です。


 昨年ミシガン大学付属機関で
「地域高齢者福祉とボランティア」と云う研修に参加して多くのことを学んでまいりました。
その中でボランティアとは
・地域に対して自分が出来ることをする
・ボランティァ自身が活動を通して成長できる
・専門職の出来ることには限界があるので、その間をボランティアが埋めて行く
と話されました。


高齢者も、統計的には80%の人が元気だと云われています。
より多くの人が自分より弱い人へ手を差し伸べる習慣が出来ると良いですね。

函館に移住して 3

 大好きで魅力的な函館に移り住んでまいりましたので、時間のある限り生活をエンジョイしたいと思っています。特に冬の楽しみはスキーです。足前は未熟ですが、中高年スキーサークルに入会して北海道の冬景色を満喫、1年を通じてアウトドアを楽しんでいます。健康に気をつけて、出来得るならば80歳までスキーを楽しむことが出来るように、安心安全な滑りをご指導頂いております。多くの仲間と楽しむことは転勤族では味わえなかった幸せ、と皆さまに感謝しているとともに、いつまでもアクティブシニアだねと言われるように生きて行きたいと思っています。

 

弘田 義江 さん

北海道メンタル評議会理事長
函館移住アドバイザー

誰にでも必ず訪れる"老い"。自分らしく、尊厳をもって生きていくために、家族は、地域は何ができるのか?助け合い支えあって、一人一人が穏やかな終末を迎えることが出来る地域の実現に向けて活動中。自分の死を認めて生きる大切さについての講演も行っている。

夢の実現

佐藤 悦子さん NPO法人どうなん「学び」サポートセンター

 市内の高校を卒業してバスガイドとして働き、道内の観光地を巡るうちに、いつしか函館らしいスイーツを作りたいと思ってきました。今までどれだけの種類の甘いものを試食してきたことでしょう。いつかはと夢に思いながら、年ばかりが過ぎて行きました。 

 そして5年前、NPO法人どうなん「学び」サポートセンターが支援している、どうなん・追分シーニックバイウェイルート運営代表者会議で、木古内町内の末広庵の竹田さんを店の後継ぎと紹介されました。竹田さんは、その時私がいきなり「いつか一緒にお菓子を作りたいですね!」と話したことを覚えてくれていました。あれから5年、竹田さんとの打合せと味の確認などを行って、和菓子『ありがとう』がとうとう実現し、販売するまでに至りました。

 この間、バスガイドの仲間やドライバーたちに試食の感想やアドバイスなどあれこれとご協力いただき、包装袋の『ありがとう』の文字は、ドライバー歴40年の鷲田さんにお願いしました。『ありがとう』と名付けたのは、かかわってくれた多くの方々に感謝の意を表現したかったからです。
本当にありがとうございます。 

 そしてこれから大人になる子供たちへ、この言葉を笑顔で言えるように願いを込めています。人生の中で一番うれしい言葉だと思っています。命ある限りいい続けたいと思います。
心を込めて、『ありがとうー』と。

私の誇り

佐藤 綾子 さん 函館和装研究会 教授

 

 八月は毎日、厳しい夏日の連続だった。九月の雨は爽やかな西風をよび、空高く真綿をそーっと引き裂いたような雲が、軽やかに浮かんでいる。
 赤煉瓦造りの旧郵便局本局を覆う蔦は、葉先をちょっぴり紅葉させ、まるではにかんでいる様だ。コツコツと石畳の響きを自転車のサドルに感じながら、明治館の前を横切る。異国人観光客の言葉は、明るく弾んで耳に心地よく、そのイントネーションを楽しみながらゆっくりと漁連の角を曲がる。 急に視界が開け、海に浮かぶ緑
の島が飛び込んで来る。赤と白に塗り分けられた巨大な門型クレーンの、あの懐かしい姿がないのは如何とも残念だ。
 港は鏡のように凪いだり、沖を白兎が飛び交ったり、お天気次第で刻々と表情を変える。鈍色やローヤルブルー時には群青と、終日ベンチで眺めていても飽きる事はない。
 潮風は足もとをくすぐり、臥牛山から吹き降りる樹木の香りは髪を撫で、函館を肌で感じる季節の到来だ。
 

秋  

 秋になって空気が澄み渡り、ますます魅力を発揮するのは『百万ドルの夜景』。「鉄道員」や「蒼穹の昴」の著者 浅田次郎氏は「天使の竪琴」の中で、『函館山からの眺めは無論、裏夜景から観ると光が山の方へ駈け登り、まるで天使が竪琴をそっと立てかけたようだ』とおっしゃっていたのが印象的だ。
 宝石箱をひっくり返したような色鮮やかな光の束に、両側から漆黒の海がきゅーっと押し迫り、沖には漁り火の数珠が連なっている。

そして、冬と春 

 ~~誰かに住む街聞かれたら~~
函館賛歌の歌詞そのまま、誇りを持って
 ~~はい、函館と答えます~~

美しく心豊かに

 "美しく心豊かに"さわやかミドルの会 森田 伸子 さん

 

出会い

 私、美容室を開業致しまして今年で46年になります。その間いろいろな方との出会いがありました。21世紀に入る頃から世の中、急速に高齢化が進み、ご来店の皆様も年を重ね、お子様達が独立し夫と二人暮らしの方々も多く、又一人暮らしになり子どもの所へ移住しても短期間で戻ってくる方等、長年経営しておりますと沢山の出会いと別れがあります。そんな中でこれからの世の中、私を含めて「毎日を美しく心豊かに輝いて過ごしたい!」そんな想いがつのり、その為に何か出来る事はないかしら・・・と日々考えていたところ、札幌で中高年の会が出来たことを知り、その会にご縁があった方と共に函館にも皆が集える会をつくろうとミニコミ紙等でお知らせしたところ、賛同して下さる方々があり、平成92月に"美しく心豊かに"をサブタイトルに『さわやかミドルの会』を設立する事が出来ました。

会の活性化のために

 会の方針として、『健康で美しく、心豊かに充実した日々を生き甲斐を持って暮らすこと。知り合い、学び合い、助け合いの精神を持ち、自分自身を高め、地域貢献する』。この事をモットーに毎月、会報を発行し、例会を開催し、それと並行して身体と脳の活性化を目的に各会員が持っている特技を生かした分科会(部活動)を実施しています。毎月発行される「会報部」「スポーツダンスひよこの会」「ボランティア部」「ウォーキングサークル歩き隊」等、部活動も皆さんとディスカッションしながら進行していましたが会員の人数が多くなりますと意見も多様になり、悩ましい日々が続いた時期もありました。そんな時、役員担当の皆さんと話し合い、会員を7〜8名の組に分けまして、会の企画、運営等に各組毎に参加して自由な発想のもとに、自分たちの『ミドルの会』という自覚を持ってもらえる事を願って提案し実行致しました。その後は会員一人一人の意見や想いが毎月の例会と会報で全員に伝わり「部活動」も現在は7部できております。

住み易い街に

 年を重ねてまいりますと"心豊かにさわやかに生きる事"は、なかなか難しいことのように感じられますが、年を重ねる事により若い時に感じることが出来なかった感動、そして経験を誰かの為に生かせる事が出来たら素晴らしいと思っています。『さわやかミドルの会』も今年で14年目を迎え、会員も70名、みんなのチームワークで会は成り立っています。この会が皆のオアシスとして心の憩いの場になれたらと願っております。中高年の私たちが心豊かにさわやかに生きる事が出来たら、未来の子ども達の為にもプラスになるのではないでしょうか・・・。これから更に高齢化が進むこの函館。認知症も孤独死もなく優しく、住み易い街になる事を願って皆で楽しく活動しております。皆様も応援して下さいね!

柴田修平 「ムックリ横内とその七味」大番頭
 函館ベイエリアで小さな食堂を営んでいる。「オリエンタルキッチン」と言う。ユニオンスクエア明治館から当地へ移転して四年になる。「まちセン」のスタッフの皆さんには大変ご贔屓にしていただいている。有り難い話である。
 店のBGMは大好きなカントリーミュージックだ。好きな音楽に囲まれて働くのは心地が良い。店の移転記念に松前のカントリー兄貴、K氏から秘蔵のCDを30枚も頂いた。	開店時から閉店まで「♪♪チーチャラ ♪♪チーチャラ.........」だ。毎日この音楽ではお客様にとってはきっと耳障りだった思う。
 とある日曜日の午後,ひょっこり来店され、クラッシックビールを二杯立て続けに飲み干されて帰られた。次の日曜日、また現れた。クラッシックを二杯「ぬるい?ジョッキ」で飲まれ、「カントリーいいですね。楽器やるんですか?」、「ムックリ横内」さんとの出逢いである。ブルーグラス、カントリー、ナターシャセブン、二人の音楽談義が続いた。「一度、ワークショップに来ませんか?フィドルの練習も出来ますよ」、私の心の中では「アイヌの民族音楽はあまり......?」大変な誤解であった。
 ピカピカのフィドルを持参してワークショップに初参加である。緊張の小学校一年生だ。なんと、ムックリさんは函館フォーク界の大御所であった。ナターシャーセブンの「107ソングブック」は全部歌えるという。恐ろしい人と知り合いになってしまった。
 60才を過ぎてからの楽器の練習は大変である。しかもフィドルのコーチはいない。ムックリ氏からお借りしたビデオだけである。一生懸命やるしかない。
 ブルースハモニカ「まちセン」のE藤氏、フラマンとギターは移住者編集者F島氏、ギターテクニックの天才青年M口氏、キーボードは宝石デザイナーのM野女史、K田氏のバンジョー、しんがりには「まちセン」の人気者S田石さんだ。「ムックリ七味」の始まりである。
 昨年9月の「バル街」ストリートミュージックでフィドルデビュー、赤恥ものである。仲間が励ましてくれた。有り難い。12月の「まちセンクリスマス」、なんとか皆についていったが冷や汗が出た。また仲間が励ましてくれた。本当に有り難い。
 フィドルの練習のため、チューニングが同じフラットマンドリンを買った。猛練習だ。指先が大きなタコになってしまった。タコが破れて冬の冷たい水が指に痛い。
「ムックリ七味」のごま粒か、けし粒くらいは目指している。この春に二年生に進級出来るか心配である。
 「♪♪おいでよ僕のベットに.....」「♪♪古いコートは捨てて僕の胸でおやすみ.....」「♪♪別れーのときがきたー.....」何とも怪しいシニアたちである。しかも昼間から大音響でのワークショップである。やさしい「七味」の仲間と「まちセン」スタッフにはいつも感謝している。理解のあるセンター長には頭があがらない。
 いつでも「ムックリ七味」の仲間たちは胸を張って自慢したい。横内氏との出会いを作ってくれた「秘蔵のCD30枚」のカントリー兄貴は、1月6日、肺がんで天国に召された。「今度落ち着いたら一緒にコンサートやろうね。昔の仲間も呼んで..........」我々の口癖だった。松前の 工藤洋万さんに心から感謝を申し上げる。
 「♪音を楽しむ♪」まさに音楽である。今の自分にとって最高である。さぁ、アクティブシニアたちは今日も行進だ。

「シニアのチカラ」連載第6回目は「函館絵本の会・銀のふね」の岸本和子さんからのメッセージです。それではどうぞ!


 「出会いで広がる素敵な時間」     函館絵本の会・銀のふね   岸本 和子


 気温がぐ〜んと下がって窓に雪が凍りついています。昨夜から降り続いた雪があたりの風景をすっかり、変えてしまっています。こんな寒い日はストーブの前に陣取ってぬくぬくネコちゃんになるのが一番かも?と思っている心にもう一人の「私」が呼びかけています。「お外がいいよ〜」と。見上げる空はきれいに澄みわたってキラキラ輝いて見えています。そうだよね!こんな日だからこそ「函館山!」と、着ぶくれおばさんは函館山へ!山道では歩いている人と出会うことはもちろん、早くも春の準備を始めた木々の芽や、雪の上についた動物の足跡、誰が落としていったのか食べカスやらウンチまでにも出会えてしまうのです。

仲間が一緒に歩いてくれている事で、冬芽について、函館山に住む小動物の事、眼下に開けた街並みの話までと、幅広くいろいろな情報が飛び交います。おやつタイムで出されたお菓子の作り方やら、「寒いよね!」と言いながらも青空の下絵本の読み聞かせも始まって「絵本についてのお話」等々・・・。山盛り、てんこ盛りの「函館山歩き」です。

 一歩を踏み出すことで出会えるたくさんの物があります。出会う事で元気になれるたくさんの事があります。初めの一歩!心のドアを大きく開けて、さぁ出かけて見ませんか。

「函館移住アドバイザーに参加」    梶井 不二夫(59才) 函館移住アドバイザー

移住のお手伝い
 今年で還暦を迎えるにあたり、今までに経験した事のないことにチャレンジしたいと思っていたところ、参加している友人から函館移住アドバイザーの活動があることを知らされ、早速、参加することにしました。 現在、函館市に移住登録している方だけで約125名いらっしゃることを知り、移住者の多さにちょっと驚きました。
確かに、函館は、季節感もあり、食べ物も美味しく、特に夏は最高の所です。
しかし、見知らぬ土地での生活は、たくさんの不安や不便な事柄が多いと思います。それでも函館に住みたいと来られた皆様に、やっぱり移住して良かったと感じていただきたく、少しでもそのお手伝いが出来ればと思いました。

私の人生観 
 私も、今までの人生の中で、何人の人たちと関わりをもってきたのか思い起こすと、以外に少なく、行動範囲も限られていました。
そこで、移住者アドバイザーのお手伝いをする事で、函館にいながらいろんな地域の文化や風景、今まで経験されたことなどを移住者の方々から伝えていただければ、また人生観も変わるのではないでしょうか。
 どうしてもこの年になると、今までの経験からの固定観念で、物事の判断をしてしまいがちですが、必ずしもそれが正しい事とは限らないと思います。年とともに体や頭の中はかたくなってきましたが、体を柔軟にする事は困難ですが、頭の方は物の見方や考え方を少し変える事で、また違った世界が待っているような気がします。肉体の衰えは否めませんが、気持ちだけはいつまでも若者でいたいものです。

 函館移住アドバイザーは、函館市地域交流まちづくりセンターでの活動の一つで、センターには、イベントの案内やいろいろな情報が掲示されており、また、観光客や地元の人たちとのふれ合いもあり、私自身このような場所である事を知りませんでした。
まだまだ函館には、私の知らない情報が沢山あるのではないかと思い、今ではいろいろな施設巡りをしています。

 これからは、たくさんの人々とめぐり合うことで、自分が少しでも成長できれば、これからの人生が楽しみです。