第8回 2010.6.30掲載
第7回 2010.4.30掲載
第6回 2009.12.30掲載
第5回 2009.9.30掲載
第4回 2009.6.29掲載
第3回 2009.3.18掲載
第2回 2009.1.12掲載
第1回連載 2008.9.22掲載
森田 伸子 さん
"美しく心豊かに"さわやかミドルの会
出会い
私、美容室を開業致しまして今年で46年になります。その間いろいろな方との出会いがありました。21世紀に入る頃から世の中、急速に高齢化が進み、ご来店の皆様も年を重ね、お子様達が独立し夫と二人暮らしの方々も多く、又一人暮らしになり子どもの所へ移住しても短期間で戻ってくる方等、長年経営しておりますと沢山の出会いと別れがあります。そんな中でこれからの世の中、私を含めて「毎日を美しく心豊かに輝いて過ごしたい!」そんな想いがつのり、その為に何か出来る事はないかしら・・・と日々考えていたところ、札幌で中高年の会が出来たことを知り、その会にご縁があった方と共に函館にも皆が集える会をつくろうとミニコミ紙等でお知らせしたところ、賛同して下さる方々があり、平成9年2月に"美しく心豊かに"をサブタイトルに『さわやかミドルの会』を設立する事が出来ました。
会の活性化のために
会の方針として、『健康で美しく、心豊かに充実した日々を生き甲斐を持って暮らすこと。知り合い、学び合い、助け合いの精神を持ち、自分自身を高め、地域貢献する』。この事をモットーに毎月、会報を発行し、例会を開催し、それと並行して身体と脳の活性化を目的に各会員が持っている特技を生かした分科会(部活動)を実施しています。毎月発行される「会報部」「スポーツダンスひよこの会」「ボランティア部」「ウォーキングサークル歩き隊」等、部活動も皆さんとディスカッションしながら進行していましたが会員の人数が多くなりますと意見も多様になり、悩ましい日々が続いた時期もありました。そんな時、役員担当の皆さんと話し合い、会員を7〜8名の組に分けまして、会の企画、運営等に各組毎に参加して自由な発想のもとに、自分たちの『ミドルの会』という自覚を持ってもらえる事を願って提案し実行致しました。その後は会員一人一人の意見や想いが毎月の例会と会報で全員に伝わり「部活動」も現在は7部できております。
住み易い街に
年を重ねてまいりますと"心豊かにさわやかに生きる事"は、なかなか難しいことのように感じられますが、年を重ねる事により若い時に感じることが出来なかった感動、そして経験を誰かの為に生かせる事が出来たら素晴らしいと思っています。『さわやかミドルの会』も今年で14年目を迎え、会員も70名、みんなのチームワークで会は成り立っています。この会が皆のオアシスとして心の憩いの場になれたらと願っております。中高年の私たちが心豊かにさわやかに生きる事が出来たら、未来の子ども達の為にもプラスになるのではないでしょうか・・・。これから更に高齢化が進むこの函館。認知症も孤独死もなく優しく、住み易い街になる事を願って皆で楽しく活動しております。皆様も応援して下さいね!
柴田修平 「ムックリ横内とその七味」大番頭
函館ベイエリアで小さな食堂を営んでいる。「オリエンタルキッチン」と言う。ユニオンスクエア明治館から当地へ移転して四年になる。「まちセン」のスタッフの皆さんには大変ご贔屓にしていただいている。有り難い話である。
店のBGMは大好きなカントリーミュージックだ。好きな音楽に囲まれて働くのは心地が良い。店の移転記念に松前のカントリー兄貴、K氏から秘蔵のCDを30枚も頂いた。 開店時から閉店まで「♪♪チーチャラ ♪♪チーチャラ.........」だ。毎日この音楽ではお客様にとってはきっと耳障りだった思う。 とある日曜日の午後,ひょっこり来店され、クラッシックビールを二杯立て続けに飲み干されて帰られた。次の日曜日、また現れた。クラッシックを二杯「ぬるい?ジョッキ」で飲まれ、「カントリーいいですね。楽器やるんですか?」、「ムックリ横内」さんとの出逢いである。ブルーグラス、カントリー、ナターシャセブン、二人の音楽談義が続いた。「一度、ワークショップに来ませんか?フィドルの練習も出来ますよ」、私の心の中では「アイヌの民族音楽はあまり......?」大変な誤解であった。 ピカピカのフィドルを持参してワークショップに初参加である。緊張の小学校一年生だ。なんと、ムックリさんは函館フォーク界の大御所であった。ナターシャーセブンの「107ソングブック」は全部歌えるという。恐ろしい人と知り合いになってしまった。 60才を過ぎてからの楽器の練習は大変である。しかもフィドルのコーチはいない。ムックリ氏からお借りしたビデオだけである。一生懸命やるしかない。 ブルースハモニカ「まちセン」のE藤氏、フラマンとギターは移住者編集者F島氏、ギターテクニックの天才青年M口氏、キーボードは宝石デザイナーのM野女史、K田氏のバンジョー、しんがりには「まちセン」の人気者S田石さんだ。「ムックリ七味」の始まりである。 昨年9月の「バル街」ストリートミュージックでフィドルデビュー、赤恥ものである。仲間が励ましてくれた。有り難い。12月の「まちセンクリスマス」、なんとか皆についていったが冷や汗が出た。また仲間が励ましてくれた。本当に有り難い。 フィドルの練習のため、チューニングが同じフラットマンドリンを買った。猛練習だ。指先が大きなタコになってしまった。タコが破れて冬の冷たい水が指に痛い。 「ムックリ七味」のごま粒か、けし粒くらいは目指している。この春に二年生に進級出来るか心配である。 「♪♪おいでよ僕のベットに.....」「♪♪古いコートは捨てて僕の胸でおやすみ.....」「♪♪別れーのときがきたー.....」何とも怪しいシニアたちである。しかも昼間から大音響でのワークショップである。やさしい「七味」の仲間と「まちセン」スタッフにはいつも感謝している。理解のあるセンター長には頭があがらない。 いつでも「ムックリ七味」の仲間たちは胸を張って自慢したい。横内氏との出会いを作ってくれた「秘蔵のCD30枚」のカントリー兄貴は、1月6日、肺がんで天国に召された。「今度落ち着いたら一緒にコンサートやろうね。昔の仲間も呼んで..........」我々の口癖だった。松前の 工藤洋万さんに心から感謝を申し上げる。 「♪音を楽しむ♪」まさに音楽である。今の自分にとって最高である。さぁ、アクティブシニアたちは今日も行進だ。
「シニアのチカラ」連載第6回目は「函館絵本の会・銀のふね」の岸本和子さんからのメッセージです。それではどうぞ!
「出会いで広がる素敵な時間」 函館絵本の会・銀のふね 岸本 和子
気温がぐ〜んと下がって窓に雪が凍りついています。昨夜から降り続いた雪があたりの風景をすっかり、変えてしまっています。こんな寒い日はストーブの前に陣取ってぬくぬくネコちゃんになるのが一番かも?と思っている心にもう一人の「私」が呼びかけています。「お外がいいよ〜」と。見上げる空はきれいに澄みわたってキラキラ輝いて見えています。そうだよね!こんな日だからこそ「函館山!」と、着ぶくれおばさんは函館山へ!山道では歩いている人と出会うことはもちろん、早くも春の準備を始めた木々の芽や、雪の上についた動物の足跡、誰が落としていったのか食べカスやらウンチまでにも出会えてしまうのです。
仲間が一緒に歩いてくれている事で、冬芽について、函館山に住む小動物の事、眼下に開けた街並みの話までと、幅広くいろいろな情報が飛び交います。おやつタイムで出されたお菓子の作り方やら、「寒いよね!」と言いながらも青空の下絵本の読み聞かせも始まって「絵本についてのお話」等々・・・。山盛り、てんこ盛りの「函館山歩き」です。
一歩を踏み出すことで出会えるたくさんの物があります。出会う事で元気になれるたくさんの事があります。初めの一歩!心のドアを大きく開けて、さぁ出かけて見ませんか。
移住のお手伝い
今年で還暦を迎えるにあたり、今までに経験した事のないことにチャレンジしたいと思っていたところ、参加している友人から函館移住アドバイザーの活動があることを知らされ、早速、参加することにしました。 現在、函館市に移住登録している方だけで約125名いらっしゃることを知り、移住者の多さにちょっと驚きました。
確かに、函館は、季節感もあり、食べ物も美味しく、特に夏は最高の所です。
しかし、見知らぬ土地での生活は、たくさんの不安や不便な事柄が多いと思います。それでも函館に住みたいと来られた皆様に、やっぱり移住して良かったと感じていただきたく、少しでもそのお手伝いが出来ればと思いました。
私の人生観
私も、今までの人生の中で、何人の人たちと関わりをもってきたのか思い起こすと、以外に少なく、行動範囲も限られていました。
そこで、移住者アドバイザーのお手伝いをする事で、函館にいながらいろんな地域の文化や風景、今まで経験されたことなどを移住者の方々から伝えていただければ、また人生観も変わるのではないでしょうか。
どうしてもこの年になると、今までの経験からの固定観念で、物事の判断をしてしまいがちですが、必ずしもそれが正しい事とは限らないと思います。年とともに体や頭の中はかたくなってきましたが、体を柔軟にする事は困難ですが、頭の方は物の見方や考え方を少し変える事で、また違った世界が待っているような気がします。肉体の衰えは否めませんが、気持ちだけはいつまでも若者でいたいものです。
函館移住アドバイザーは、函館市地域交流まちづくりセンターでの活動の一つで、センターには、イベントの案内やいろいろな情報が掲示されており、また、観光客や地元の人たちとのふれ合いもあり、私自身このような場所である事を知りませんでした。
まだまだ函館には、私の知らない情報が沢山あるのではないかと思い、今ではいろいろな施設巡りをしています。
これからは、たくさんの人々とめぐり合うことで、自分が少しでも成長できれば、これからの人生が楽しみです。
「シニアのチカラ」連載第4回目は函館移住アドバイザーの曽山哲夫さんからのメッセージです。それではどうぞ!
「退職・移住・音楽、そして函館の街!」
函館移住アドバイザー 曽山哲夫(62才)
●定年退職
定年退職後に引きこもりになった方を二人知っている。一人は私の音楽の大先輩である元小学校校長。もう一人は女房の親族。
いずれも仕事一筋で来られた大変真面目な方たちだ。一般的に定年で退職すると、これまでの収入・地位・名誉などを一瞬にして失う。その後に訪れるのは"老いと死"。
これは退職してみないと分からない大きなショックだといわれる。今ではこのお二人から年賀状の返事が来ない。どうしておられるのか気になる。
●私のセカンドライフ
さて、私は実に多趣味だ。金沢で小学校の教員をしていた時代は、時間が無くてこうした趣味を充分楽しむことができなかった。父親が脳卒中で早く亡くなり、私も50代半ばで軽度の脳梗塞を患ったこともあって、2年早く退職した。そして、平成18年春、長男夫婦の住む函館に夫婦ともども引き取られてきたのだ。
いよいよ、待ちに待ったセカンドライフの開始。収入は無いが、"自分が自由にできる時間"だけはたっぷりある。
まず、キャンピングカーを買って夫婦で日本を一周。北海道は4周。
コンベンション協会発行の函館ガイドマップには48カ所のお薦めポイントが掲載されているが、そこは全て訪ねた。中でも、元町や函館山、トラピスチヌ修道院や香雪園は、何度行っても素晴らしい。
現役時代からやっていた作編曲にじっくりと取り組んでいる。湯の川温泉に関した4曲をはじめ、叙情歌や組曲など、この3年間で27曲を作編曲しCD化した。そのうちの2曲が今夏、全国でCDリリースされる。ピアノ・トリオを組んで、毎月、病院や福祉施設で定例ボランティア演奏を行っている。ハワイアンバンドではベースを、ジャズバンド(フルバンド)でトロンボーンも吹いている。いずれも練習会や演奏会がたくさんある。町会では児童育成委員とコーラスの指導を任せられている。老人会で沢山の先輩と親しく交流させ頂いている。これまで時間が無くて読めなかった名作や古典などを、毎日読み漁っている。クラシックのCDやオペラのDVDもじっくり鑑賞している。長年、学校の子ども達と取り組んできた陶芸は、自宅で小さな窯を作って楽しんでいる。勾玉づくりやガラス彫刻にも挑戦している。家庭菜園もいいものだ。ボケ防止に毎日発信しているブログは、700回を越えた。
湯の川の防波堤で釣ったアブラコを酒の肴にしている。函館の食べ物は新鮮で旨い。
函館には、他県にはあまり例がない"市民オペラ"や市民参加の"野外劇"まである。財団発行のステップアップには、毎月の音楽行事が詳細に記されている。毎日のように何処かで音楽会が開かれている。函館は音楽の街なのだ。近代的で充実した中央図書館は、何時間いても飽きない。地域交流まちづくりセンターには充実した講座が目白押し。ここは函館情報が満載のオアシス。こうした函館は私と女房にとって実に魅力的な街だ。
だから、私は家にいてダラダラとテレビを観たり、クヨクヨと老後を悩んでいる暇はない。退職後は、この函館がお薦めだ!
最後に、退職された方にお薦めの本を2冊紹介させて頂く。
1) 「巡礼・珍日本超老伝」〜老いを超越した、天下御免のウルトラ老人見本市〜
都築響一著 双葉社 ¥1600 初版2007年3月
※趣味に輝いている高齢者が目白押し。 パワーを貰える。
2) 「定年力」〜第2・第3の人生を力強く生きるパワーの作り方〜
多湖輝著 ごま書房 ¥850 初版1999年6月
※定年退職者必見の書と思っている。 活動のきっかけ
「シニアのチカラ」連載第3回目は「函館市地域交流まちづくりセンター」スタッフの佐久間正昭さんからのメッセージです。それではどうぞ!
定年後の「生き甲斐」について
函館市地域交流まちづくりセンター・佐久間正昭 (57歳)
■ 活動のきっかけ
郷里を離れ36年余り。定年も近づき「さてこの先は?」と考え最初に脳裏をよぎったのは子供の頃の川遊びでした。北海道札幌市の出身で市内の中央を流れる豊平川の水にたっぷり浸かり育ちました。一生の仕事として船乗りを選択し、この36年間海や港での仕事に携わり、船上での仕事も約20年経験しました。その関係で、国内の町や港を見て周り、色々な人達とも交流することが出来ました。第二の就職活動もスムーズにきまり、休みの時など長年見慣れた海や港も懐かしく、時折、港に遊びに行くこともしばしばありました。
そこで感じたのは「海が汚れているなー」というため息にも似たものでした。現役の頃はそんなことを考えたこともなかったのですが「灯台元暗し」のとおり、足下が見えていなかったのでしょう。久しぶりにのぞき込む海は確かに汚れていました。
■ 新たな挑戦・・・
長年お世話になってきた海や港が悲しく見えたそんな時に、NPO活動で河川環境維持の活動をしている方に出会いお話を聞くことが出来ました。釣りの好きな方で余暇を利用して河川の清掃活動をしているとのことでした。そこで最近の河川は、災害防止工事や生活排水、産業廃棄物の不法投棄等で水質は悪化し、魚の生存環境が厳しく、多くの海や川が悲鳴を上げていることを知りました。お話を聞いているうちに仕事をしながらでも自分にもお手伝いが出来るかもしれないと思いました。「自分も定年後は何か社会貢献が出来れば」と考えていた矢先でもあり、慣れ親しんだ海や港を少しでもきれいにすることが出来ればと入会することにしました。しかし、入会するには、河川環境保護指導員試験を受けなければならないことを知り愕然としました。試験は青森県弘前市で行われ、講習を受け試験に臨み、なんとか合格して晴れて会員になることができました。
■ 活動について
私が活動している組織は、NPO法人河川環境基金といいますが、全国に31支局、35支部、海外に6支局があり、それぞれの地域の状況に応じて活動しています。道南では、海を含めた河川、湖沼の清掃、魚道の整備、不法投棄の監視、エコバイオブロック(河川環境保護指導員が開発した水質浄化作用のあるブロック)の普及等を行っていますが、函館支部として、住吉港や大森浜等の清掃活動、函館市内の不法投棄の監視をさせて頂いています。また、エコバイオブロックの性能試験のため函館市地域交流まちづくりセンターに金魚を入れた水槽を設置して大腸菌等の水質状況を調査しています。
■ 生き甲斐とは
「常に活動して進路を求めて止まざるは水なり」戦国時代に活躍した黒田如水の教訓の一つだそうです。何か一つでも地域に貢献できる熱中できるものがあることは、人生にとって「生き甲斐」のあるものであり、働く喜びとは違った感激にも似た充実感を覚えるのではないかと思っています。「生き甲斐」は人によって感じ方や考え方が違い個人差はありますが「生活の活力や張り合い」「生きている喜び」で、人と人、心と心のふれあいの中で感じるものだと思います。
■ 会社人間から社会人間に・・・
在職にくらべ、飛躍的に自由時間がふえる退職後の人生を有意義にするものにするためにも、仕事が趣味であると言わずに今からでも仕事以外に趣味を持つことも必要です。何事にも積極的に・・・そのためにも在職中から地域に目を向け地域社会に参加してみるのも良いと思います。
今、自分が出来ること、やれること、また、してもらいたいこと、教えてもらいたいことを考えれば、自ら答えが出てくるのではないでしょうか・・・
現職の時代の時間よりも多い時間が退職後には待っています。有意義で豊かな人生を生き生きとした青年の顔で過ごしたいものです。
